「ランニング×プロレスで世の中にインパクトを!」|三州 ツバ吉

サラリーマンからOL、主婦、医者、学校教師など、マラソンを楽しむ人々の職業はさまざまです。ふとしたキッカケで他のランナーと話してみると、自分と同じような業界・職種で働いており、盛り上がることもあります。

では「格闘家」と聞いたとき、果たしてマラソンを走るイメージはあるでしょうか?逞しく鍛えられ、大きく発達した筋肉。恐らく多くの方が、その風貌をマラソンとは結び付けないことと思います。そんな中、プロレスラーでありながら、国内外さまざまなマラソンレースにチャレンジするランナーがいました。それが、“ツバイダーマン”こと三州ツバ吉さんです。

■新聞に載りたかった

三州ツバ吉三州さんが初めてマラソンレースに出たのは、20年程前の青梅マラソン。大学生の頃だったと言います。それまでランニングなど殆どしておらず、まさに突然の30kmチャレンジでした。

「スポーツ報知を読んでいたら、青梅マラソンのレース結果が掲載されていました。当時は今のようにランナーも多くなかったので、青梅マラソンはまさにメジャーレースの1つ。そこで、私もその新聞に載りたいと思い、出場を決めたんです。」

その頃は極真空手こそやっていたものの、今のように逞しい体ではなく、体重も軽かったとのこと。そのためか、思ったより30kmの完走は難しくなかったようです。

大学を卒業後、荒川市民マラソン(現・板橋Cityマラソン)で初めてのフルマラソンを完走。それから暫くは同レースに出場することが習慣化していきました。しかし当時はそこまでマラソンに打ち込んだわけではなく、「年1回、フルマラソンを走れば良いかな」程度だったとのことです。

■加速していくランニング・チャレンジ

第1回の東京マラソンで、悔しい思いをしたという三州さん。

「初めて、記録を狙おうと思ったレースでした。目標はサブ3。しかし雨だったことなどが影響して、結果は全然ダメでした。そのとき、どうして趣味に多くの時間を注いできたのに、結果が出ないんだろう・・・って思いました。」

しかし、そこでさらに前を見続けた三州さんは、さすがと言えるでしょう。2007年に出場した『チャレンジ富士五湖マラソン』では112kmの部に出場。これが、人生初のウルトラマラソンとなります。残念ながら102.5kmの関門でSTOPとなりましたが、それでも100kmオーバーを走り抜いた三州さんは、このレースで得られたものも大きかったようです。

「フルマラソンとは、とにかく全然違いましたね。もう、本当に脚が動かなくなるんです。」

この経験が、さらなる挑戦への土台になったのでしょう。その翌年に出場したサハラ砂漠マラソンをキッカケとして、これまで4回もの砂漠マラソン(ゴビ砂漠、アタカマ砂漠、サハラ砂漠×2回)を走ってきた三州さん。

「テレビを見て、いつか走りたいと思っていたんです。しかし、人生はいつ、何があるか分からない。だから、挑戦することに決めました。」

砂漠マラソンで特に魅力を感じていたのは、“食料を持って走る”ことだったと言います。そして自分ではイメージすることも難しいサハラ砂漠という環境を走る、それこそが三州さんを突き動かしたのでしょう。ハーフマラソン出場に始まり、その根底には未体験の世界への強い興味があったのかもしれません。

■実はランニングが嫌い

これだけハードなレースを走破している三州さん。さぞ厳しいトレーニングをこなしているのだろうと日々の練習について聞いてみると、驚きの答えが返ってきました。

「外で走るの、嫌いなんですよね。」

何百kmものレースを走ってきたランナーから出た言葉とは思えず、つい聞き直してしまいました。

「外を走るトレーニングなんて、本当に数えるほどしかやったことがないんですよ。走るのは、週1〜2回のトレッドミル。トレッドミルでも、走るときには1.5〜2時間、多ければ3時間は走りますけどね。」

三州屋

普段は実家でもある三州屋 銀座店を手伝いつつ、インストラクターとしても働く三州さん。仕事の合間でトレッドミルを走るのが、トレーニングの大半のようです。しかしトレーニングと言うと、1つどうしても疑問があります。それは、プロレスラーとしてのトレーニングと、ランニングとのバランス。大きく発達した筋肉は、やはり長距離を走るのに不向きなのでは…

「確かに、プロレスラーでランニングする人は少ないですね。もちろん体が大きいですし、使う筋肉が違うということもありますが、一番は怪我を避けているのだと思います。ランナーは膝を痛めることが多いと思いますが、プロレスラーにとって膝の怪我は致命的ですから。関節に負担を掛けてしまうランニングは、どうしても避けがちなのかもしれません。」

プロレスラーとランナー、2つを両立させるために、無理して早く走り過ぎないことを心がけているとのこと。自分の限界を知り、そこを超えたスピードで走らないよう自分をコントロールすることは、大切なことのようです。

外で走ることが嫌い。そして、プロレスラーとはやはり相性が良いとはいえないランニングを、なぜ三州さんは続けるのか。お話を聞くと、走ることというより、マラソンレースという場が好きであることが分かりました。「マラソン大会は、世界で一番平和な空間だと思う」という三州さんの言葉には、深いものを感じます。

■ツバイダーマン登場!!

そんな三州さんが、さらにマラソンに魅了されている1つのキッカケがありました。それが、“仮装”です。

初めての仮装は、2008年に開催された『第2回東京マラソン』。今や三州さんのトレードマークともなっている、スパイダーマン(=ツバイダーマン!)のフルコスチュームでした。これまでいくつものレースを、ツバイダーマンとして走ってきた三州さん。色落ちこそしていますが、未だに当時のコスチュームが健在というのにも驚きです。

「ツバイダーマンで走った最長距離は、今年(2014年)1月に走った沖縄本島1周クレージーラン。約314kmを60時間かけて走りました。でも、一番楽しかったのはニューヨークシティマラソンですね!さすが本場、ノリが良くてテンションが上がりました。」

確かにニューヨークをスパイダーマンの仮装で走れば、一気に注目を集めそうです。

最近は東京マラソンなどの都市型マラソンレースをはじめ、各所で仮装ランナーを見るようになりました。では、なぜわざわざ仮装して走るのか?仮装することで、走りにくくなることは間違いないはず。ましてスパイダーマンのコスチュームは、ピチッとして暑そうです…

「やっぱり、仮装すると注目されて、たくさんの応援をもらえるんです。それが、何より嬉しいですね。」

確かにランナーの名前が分からなくても、仮装していれば「スパイダーマン頑張れ〜!」など応援しやすいでしょう。まして子供などなら、テンションが上がること間違いなし。一度その楽しさを知ったら、ハマるのも分かる気がします。

■インパクトあるレスラーになりたい

ツバイダーマン

現在、月2回ほどリングに上がっているという三州さん。出来る限りプロレスを続けていきたいとのことですが、目指すレスラー像がありました。

「私は、プロレスラーとして体が大きい方ではありません。しかし、“バカなことに挑戦するレスラー”でありたいと思っています。山手線沿線を1周走りながらプロレスしたり、富士山でもプロレスをしましたよ。こんなレスラー、他にはなかなかいません。勝負としてプロレスをすることはもちろんですが、私だからこそのインパクトあるレスラーになりたいと思っているんです。」

走ること、そしてプロレスを通じて、人々にプラスのエネルギーを届けたい。そんな三州さんの思いを、強く感じました。

■メッセージ

「何事も、やってみる前から『出来ない』と決めつけないでください。私がマラソンを走れたように、チャレンジしてみれば意外と出来るものです。それが、自分自身の可能性をのばすコツ!まずやってみることが、新しい可能性を拓いてくれますよ。ランニングであれば、まず目標を決めること。キッカケを作って始めることが大切です。リレーマラソンに出る仲間に混ぜてもらったり、短い距離から挑戦したりするのも良いと思います。」

現在、フルマラソンの自己ベストは3時間8分。サブ3という目標も、まだ諦めてはいません。