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「さよなら、運動嫌いな私。悔しさを越えて、フルマラソン完走!」|園部 一実

マラソンを走るキッカケは、人によって様々でしょう。もともと陸上競技などスポーツをしていた方から、ダイエット目的でジョギングを始める方まで。しかし実際に始めてみても、怪我などいろいろな事情から、途中で諦めてしまう方も少なくないはずです。

園部一実さんは、つい最近“フルマラソン完走”を成し遂げました。しかしそこまでには困難があり、ときには辛い局面も。その体験を、皆さんにもご紹介しましょう。

■初めての運動は自転車から

写真 2014-04-23 13 03 00宮城県出身の園部さんは、大学を卒業してから東京へと出てきました。Webデザインの仕事に従事して約5年。東京へ出てきて1年ほど経った頃、1つの移動手段として自転車を購入しました。すると行動範囲が広がり、次第に自転車に乗ることが楽しくなってきたと言います。

「父親がちょうど単身赴任していたんですが、よく自転車で一緒に出かけていました。父はロードバイクを購入して、私よりも乗り回しているんですよ。」

親子でサイクリング・・・素敵な触れ合いですね。

取材にも自転車で来てくださった園部さん。しかしこれまで、運動とは一切無縁だったとのことです。中学校から高校までは吹奏楽部に所属し、大学ではDJサークルでイベントの企画・運営や出演をされていたのだとか。「運動はむしろ苦手で、どうすれば体育を休めるか…って考えていました。」と教えてくれました。

「学校の体育は人前に出なければいけないんですよね。運動が苦手な私は、人と比較されたり、出来ないところを皆に見られるのがイヤだったんです。」

そんな園部さんも、自転車を通じて“身体を動かす”ことを楽しいと感じていきました。そしてその楽しみが、ランニングへと向かっていきます。

■キッカケは東京マラソンへの当選

写真 2014-04-23 13 06 49自転車が楽しくなり始めた頃から、ランニングには興味を持っていたという園部さん。しかしなかなかキッカケが掴めずにいました。そんな中、東京マラソン2014へ何気なく応募してみたところ、なんと当選!そこから、ランニングライフが始まります。

2013年10月頃からランニングを始めた園部さんは、フルマラソンの前にハーフマラソンを走ろうと、千葉マリンマラソンに出場しました。しかしそこでは、厳しい洗礼を受けることになります。

「レースでは、完全に雰囲気に呑まれてしまいました。周囲についていかなければと勝手に思い込み、自分のペースなんて関係なし。1km当たりを、自己ベストレベルのペースで走ってしまったんです。もう、完全にオーバーペースですよね。なんとか完走したものの、17kmからは完全に失速。課題だらけのレースになりました。」

このとき、今思えば腸脛靭帯炎のような痛みを感じていたという園部さん。しかし運動経験もなかったため、あまり重要な痛みとは捉えていませんでした。

■初めてのフルマラソン

東京マラソンまでの約3ヶ月間、合計320〜330kmほどを走ったという園部さん。ランニングが初めてだったので、書店でランニングに関する本を購入。そこに書いてある内容に沿って、まず半月はウォーキングから始めたと言います。週4〜5日は走っていたとのことですが、トレーニングを重ねることで、千葉マリンマラソンで痛めた腸脛靭帯はどんどん悪化。そのままのコンディションで、東京マラソン本番を迎えることとなりました。

写真 2014-04-23 13 04 21「ランナーズニー(腸脛靭帯炎)であることは、自覚していました。でも、とにかく走りたかったんです。本番の半月前頃から走れない状態が続いていたので、レース中はとにかく『いつ膝が痛むか』ばかり考えていました。」

スタートして序盤、14km程で膝が痛み始めたという園部さん。痛みを我慢しつつ走り続けるも、25km程で遂に歩き始めてしまいました。そのとき頭の中にあったのは、『とにかく関門を越えなければ』という思い。しかしそれとは裏腹に身体が動かず、悔しい時間が過ぎて行きました。そして初めてのフルマラソンは、30km地点の関門でストップとなったのです。

「私が歩き始めた頃、周囲のランナーも多くは歩いていました。中には、すでに涙を流している人も。収容バスに乗った瞬間は、『もう、走ることをやめなければいけないんだ』という喪失感が大きかったですね。脚の痛み以外、体力などは大丈夫だったので、余計に悔しさが込み上げました。関門さえ無ければ、ゴールまで行きたかったです。」

人生初のフルマラソンを、30km関門ストップという結果で終えた園部さん。しかしその悔しさを噛み締めながらも、園部さんは次のチャレンジへと歩を進めるのでした。

■そして、フルマラソン完走へ

東京マラソンの翌日、すぐに病院へ行ったという園部さん。膝に水が溜まっており、1カ月は休養になりました。ここで無理して走らず、脚が治るまで耐えたことは、後のリスタートに大きなプラス要因となったことでしょう。

「千葉マリンマラソンで、休まなければいけないのだということを学びました。そのため、とにかく1カ月はストレッチ限定。安静にして、治療だけに集中したんです。」

実は、かすみがうらマラソンにエントリーしていた園部さん。レースのある4月に入ってからトレーニングを再開しましたが、そこには東京マラソンの経験からこんな悩みが頭を巡っていたと言います。

「また走り切れないんじゃないか」

「もしまたダメだったら、もう立ち直れないんじゃないか」

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レースで必携の御守

それでも園部さんの背中を押したのは、悔しさでした。「リベンジしたい」という思いから、かすみがうらマラソンで再びフルマラソンへ挑戦することを決めたのです。

「完走はもちろんですが、それ以上に、前回の自分を越えたいという思いが強くありました。東京マラソンは30km関門でストップ。それより、長く走りたかったんです。」

しっかりと休養した甲斐もあり、当日身体のコンディションは良好でした。ただ1つの心配は、練習不足であること。しかしランナーズニーが治っているかどうかは、長い距離を走ってみないと分かりません。そのため、スタートしてしばらくは、膝のことが頭のなかに暫くあったと言います。

「事前にペース表を作って、その通り走りました。時間を確認しながら、何より気をつけたのが関門です。かすみがうらマラソンは関門が17km地点のみなので、とにかくそれを越えることが一番。ほぼ最後尾ではありましたが、なんとか2分前に関門を通過できたときは、嬉しかったですね。」

レース中、最も辛かったのが25km前後。農道のようなコースは変化がなく、脚も疲労から痛みが会ったとのこと。それでも30kmを越えた瞬間は、大きな感動があったようです。

「30kmを越えたら、あとはゴールを目指すだけ。後半は脚の疲労もピークに達して歩いていましたが、なんとか42.195kmを走り切ることができました。とにかく走り切れたということが、何よりも嬉しかったです。」

悔しい思いを胸に、怪我を克服し、諦めずに走りぬいた瞬間です。

■次へ向けて

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初めて42.195kmを完走した、かすみがうらマラソン。しかし実は、フィニッシュこそしたものの制限時間をオーバーしてしまっていました。ゴールタイムは6時間19 分。

「東京マラソンなら、制限時間内だったんですけどね。とはいえ、やっとランナーとしてスタートラインに立てたと感じています。まだ、走ることは続けていきたいですね。目指すは、まず制限時間内の完走です!」

大阪マラソン神戸マラソンへエントリーしているという園部さん。抽選なので出られるかは分からないものの、既に次を見据えて動き始めています。

「私はまだまだ走るのが遅いので、エンドなども楽しむことが出来ていません。最悪、すでにエイドが終わっていることもあるんです。もっと走れるようになって、『楽しさ』を感じてみたいですね。」

ランニングにどんな楽しみを見つけていくのか、これからが楽しみです。