コラム:初フルでサブ4.5へ!なぜ走るのか!?

こんにちは!初フルでサブ4.5を目指し地道にトレーニング中の貫洞沙織です!

今日は、「わたしが走り続ける理由」について書きます。

走ることは時に苦しく、「もうやめてしまおう」と思うことが何度もあるものです。そして、たとえ楽しく走れている状態であっても、避けることのできないケガや、仕事で忙殺されてしまうなど、続けるには数々の難関があります。それでも、わたしは走ることを絶対にやめません。

それには、大きな理由があります。それは…

ランナーズハイ」です!

道この気持ちよさを知ってしまったら、ちょっと他の快楽では替えが効かないくらい、強力にランに魅せられてしまうのです。そして、10km地点で走るのをやめるのがもったいなくて仕方がなくなります。だってランナーズハイは、(人にもよりますが)10kmを走り切ったあたりから徐々に湧いてくるものですから。

わたしは、とてもランナーズハイを感じやすい体質です。日によっては7km地点を過ぎたあたりからすでに、多幸感、全能感があり、根拠のない自信で全身が包まれています。そうなると、もう走るのをやめたくなくて、12km、15kmと走り進めることができます。

実は31歳の時、起業するかどうかも走りながら決めました。今でも大事な事は走りながら考える癖があります。なぜなら、自分自身が後悔しない、前向きな答えを出すのに“走っている”状態が最適だからです。

ランナーズハイを感じるまで行かなくても、走っているととても幸せな気持ちになれます。その気持ちを分析すると、

「走ることを楽しむことは、人間に与えられた平等な幸福である」

という考えに行き着きます。
社会に属していれば、多かれ少なかれ誰もが不平等感や不平を感じるものです。「どうしてあの人は恵まれているのか?」とか、「どうして自分の能力はここが限界なんだ?」とか…。人と人との摩擦やプレッシャー、葛藤、トラウマ、コンプレックスに苛まれて、生きていることが嫌になってしまうことも時にはあるでしょう。そういう目に見えない積もり積もったものを、ぜーんぶ吹き飛ばしてくれるのが「走ること」なんです。

長い長い道を一人でずっと走っていると、景色がどんどん後ろに流れていきます。時間は誰にも平等に時を刻んでいることを認識し、一歩足を進めるごとに地面を踏みしめて「生きている!」と実感できます。ある程度の時間を超えると体に心地よい疲労と熱が溜まってきて、でも、それすら気持ちが良くて…。
今自分がただここで走っていること、それがすなわち「生きていること」と同義になり、本当に小さなことにも感動し、感謝できる心になっていくのです。

ヤギあるニュース記事に、こんな見出しを見つけました。

「皇居でランニングをしている人の大半が年収700万以上!」

走っている最中にふとそのことを思い出したのですが、

「年収なんてどーでもいいじゃないか、今こんなに風が気持ちいい、それ以上何もいらない」

という思考になりました。走っていると、普段とらわれている思考のクセやネガティブな感情から本当に解き放たれます。

写真は、いつも走っている川沿いのコースです。夕方の暮れかかった風景と、朝放牧されているヤギさん。東京へ通える場所に住んでいますが、なかなか自然が多い住環境でとても走りやすいです!

今日は少し、心の中にあるものを書きました。みなさまにとって走ることが楽しく、気持ちのいいことでありますように!